麦秋

『麦秋』画像 1951年/松竹大船/白黒/スタンダード/モノラル(濃淡型)/125分
監督:小津安二郎/脚本:野田高梧、小津安二郎/撮影:厚田雄春/照明:高下逸男/録音:妹尾芳三郎/音楽:伊藤宣二/美術:浜田辰雄
出演:(間宮紀子)原節子、(兄 康一)笠智衆、(田村アヤ)淡島千景、(康一の妻 史子)三宅邦子、(父 周吉)菅井一郎、(母 志げ)東山千栄子、(矢部たみ)杉村春子、(息子 謙吉)二本柳寛、(安田高子)井川邦子、(田村のぶ)高橋豊子、(間宮茂吉)高堂国典、(西脇宏三)宮口精二、(佐竹宗太郎)佐野周二

「ストーリーよりも輪廻とか無情を描きたいと思った」とは小津安二郎の監督自身の言葉である。娘の結婚と、父母の郷里への隠棲でゆるやかに崩壊していく大家族、その別れの過程が小津監督独特の豊かなユーモアと厳密なスタイルで、あたかも自然のように描かれている点に特徴がある。これは戦後に脚本家、野田高梧とのコンビを復活させ、以後遺作まで二人の共同作業を続けさせることとなった『晩春』(1949)の主題をより広く展開したものであり、個々の人物が多彩になったぶん、作品世界の陰影が豊かになっていると言えるだろう。笠智衆、三宅邦子、菅井一郎、東山千栄子らがはまり役とも言える人物造型を見事に演じるとともに、杉村春子は息子の再婚相手に原節子を迎え狂喜する母親の姿を、絶妙な呼吸と身のこなしで表現してみせた。「余白を残す芝居」を心掛けたと言う小津監督の演出の妙は、繰り返し見るごとに明らかとなるだろう。物静かな表面を支える作品の底が厚いのである。「キネマ旬報」ベストテン第1位。

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東京物語

『東京物語』画像 1953年/松竹大船/白黒/スタンダード/モノラル/136分
監督:小津安二郎/脚本:野田高梧、小津安二郎/撮影:厚田雄春/照明:高下逸男/録音:妹尾芳三郎/音楽:斎藤高順/美術:浜田辰雄
出演:(平山周吉)笠智衆、(妻 とみ)東山千栄子、(嫁 紀子)原節子、(長女 志げ)杉村春子、(次女 京子)香川京子、(長男 幸一)山村聰、(妻 文子)三宅邦子、(三男 敬三)大坂志郎、(沼田三平)東野英治郎、(金子庫造)中村伸郎、(服部修)十朱久雄

この作品を作るにあたって、小津監督は「親と子の成長を通じて、日本の家族制度がどう崩壊するか描きたかった」と語っている。戦後から8年しか経ていない当時、まだ〈高度経済成長〉や〈核家族〉といった表現がなされていない頃の作品である。尾道に住む老夫婦が、医者の長男や美容師の長女が住む東京に出かける。幸福そうな家庭も経済的には苦しそうである。東京で暮らす昔の同僚も親子関係に不満をもらす。子供たちが計画した熱海への旅行も疲れただけ、唯一の救いは戦地で行方不明となった次男の妻・紀子との一時であった。家族の変化と喪失が大きなテーマになってはいるものの、終盤にかけて原節子演じる紀子と香川京子演じる京子の紐帯の萌芽が描かれ、未来に向けて開かれた作品になっている点も見逃せない。「キネマ旬報」ベストテン第2位。1957年のロンドン映画祭での上映、翌年の英国映画協会(BFI)サザーランド賞受賞が、世界の小津ブームのきっかけとなった。

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彼岸花

『彼岸花』画像 11958年/松竹大船/カラー/スタンダード/モノラル/118分
監督:小津安二郎/原作:里見弴/脚本:野田高梧、小津安二郎/撮影:厚田雄春/照明:青松明/録音:妹尾芳三郎/音楽:斎藤高順/美術:浜田辰雄
出演:(平山渉)佐分利信、(平山清子)田中絹代、(平山節子)有馬稲子、(平山久子)桑野みゆき、(三上文子)久我美子、(三上周吉)笠智衆、(谷口正彦)佐田啓二、(近藤庄太郎)高橋貞二、(佐々木初)浪花千栄子、(長沼一郎)渡辺文雄、(河合利彦)中村伸郎、(佐々木幸子)山本富士子

娘が勝手に決めてきた結婚相手に腹を立てる頑固な父親の姿をユーモラスに描く、小津安二郎監督初めてのカラー作品。小津監督の言によれば、父がなじみにしている京都の旅館の娘役として大映から招いた看板女優、山本富士子を活かした明るい映画にしたいという会社の方針もあって、色彩映画に手をつけたそうである。小道具や着物ひとつひとつに気を配り、赤が映えるアグファ・カラーをネガフィルムに用いて、色をはぶき、色があって色がないような、つまりは「色即是空、空即是色」の心持ちで撮影に臨んだと語っている。ドラマチックな展開を極力排除し、さりげない会話のやりとりの中に人間のエゴを垣間みせるこの監督特有の手法が、あでやかな色彩とともに、見るものの心に染み込んでくる。母娘を演じた浪花千栄子と山本富士子による京都弁の掛け合いもまた愉しい。里見弴は小津監督の敬愛する小説家で、原作は小津監督の映画化を予定して書き下ろされたものである。「キネマ旬報」ベストテン第3位。

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秋刀魚の味

『秋刀魚の味 』画像 1962年/松竹大船/カラー/スタンダード/モノラル/113分
監督:小津安二郎/脚本:野田高梧、小津安二郎/撮影:厚田雄春/照明:石渡健蔵/録音:妹尾芳三郎/音楽:斎藤高順/美術:浜田辰雄 出演:(平山路子)岩下志麻、(父 周平)笠智衆、(兄 幸一)佐田啓二、(兄嫁 秋子)岡田茉莉子、(弟 和夫)三上真一郎、(河合秀三)中村伸郎、(河合のぶ子)三宅邦子、(周平の部下 坂本)加東大介、(バーのマダム)岸田今日子、(佐久間先生)東野英治郎、(娘 伴子)杉村春子

この作品の構想を練っていた1962年2月、生涯独身であった小津は生活を共にしていた最愛の母を失った。その数日前、小津は映画人で初めての芸術院会員となり、喜びを分かち合ったばかりであった。戦後、小津の復活を知らしめた『晩春』(1949、笠智衆・原節子主演)以来、初老の父と独身の娘の関係がこの作品でも踏襲されている。身の周りの世話を娘に頼り、娘の行く末を考えもせずにいた父が、旧制中学時代の恩師と中年の娘がしがないラーメン屋を営んでいる光景を目にし、人生の孤独を感じつつ娘を嫁がせるのだった。恩師の娘を演じた杉村春子は、演技指導の厳しかった小津ですら何も注文をつけなかったといわれているが、無言の立ち居振る舞いはこの作品のテーマを見事に表現している。これまでになく人生の無惨さを描いたこの作品の翌年、小津は端正な作風そのままに、還暦を迎えた12月12日、亡き母のもとへ旅立った。「キネマ旬報」ベストテン第8位。

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写真提供=優秀映画鑑賞推進事業

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