わが青春に悔なし

『わが青春に悔なし』画像 1946年/東宝/白黒/スタンダード/モノラル/110分
監督:黒澤明 脚本:久板栄二郎 撮影:中井朝一 照明:石井長四郎 録音:鈴木勇 音楽:服部正 美術:北川恵司
出演:(八木原幸枝)原節子、(野毛隆吉)藤田進、(八木原教授)大河内伝次郎、(野毛の母)杉村春子、(八木原夫人)三好栄子、(糸川)河野秋武、(野毛の父)高堂国典、(特高 毒いちご)志村喬、(文部大臣)深見泰三、(筥崎教授)清水将夫、(学生)田中春男、(刑事)岬洋二、(令嬢)中北千枝子

黒澤明監督の戦後第一作。モデルとなったのは京都大学の滝川事件(1933)とゾルゲ事件(1941)だが、後年の男性中心の黒澤作品に比べるとやや異質な感じを与えるのは、女性が主人公である点であろう。ファシズムの圧力に屈し野に下った大学教授の娘で、戦時下のさまざまな苦境にも屈することなく生きていく堂々たるヒロインとして、原節子が後の小津安二郎作品とは違った魅力を発揮している。脚本の久板栄二郎はプロレタリア演劇の中心的存在として活躍していた劇作家で、この年木下惠介監督も、久板の脚本により『大曾根家の朝』という佳作を発表しているが、彼と組んだところに当時の黒澤監督の姿勢が表われている。ともあれ、戦後の「新しい時代」の高揚の中で制作されたことが良くわかる作品である。本作は、1946年3月から始まった東宝争議の第二次争議中に、日活系の劇場を使って封切られた。「キネマ旬報」ベストテン第2位。

このページのトップへ

安城家の舞踏会

『安城家の舞踏会』画像 1947年 松竹(大船)/白黒/スタンダード/モノラル(濃淡型)/89分
原作・監督:吉村公三郎 脚本:新藤兼人 撮影:生方敏夫 照明:加藤政雄 録音:妹尾芳三郎 音楽:木下忠司 美術:浜田辰雄
出演:(安城敦子)原節子、(姉 昭子)逢初夢子、(父 忠彦)滝沢修、(兄 正彦)森雅之、(新川竜三郎)清水将夫、(遠山庫吉)神田隆、(小間使 菊)空あけみ、(千代)村田知栄子、(家令 吉田)殿山泰司、(新川曜子)津島恵子、(春小路正子)岡村文子、(由利武彦)日守新一

今や家屋敷を人手に渡すところまで落ちぶれた旧華族の名門、安城家。せめて終焉だけは華やかに迎えようと舞踏会が催されたが、そこに闇金融の社長や、かつて当家のお抱え運転手だった成金の運送業者らが現われ、当主の苦悩は極限に達することとなる…。旧体制の崩壊と新興勢力の台頭という、敗戦後の日本の世相を巧みに織り込んだ作品だが、滅び行く華族とその周辺の人々という人物設定には、たしかにチェーホフの「桜の園」を思わせるところがある。もっとも監督の吉村公三郎によれば、実際にこれに類したダンスパーティーが開かれたことがあり、そこから作品のアイデアを得たということらしい。脚本の新藤兼人は修業時代、溝口健二の下で「近代劇全集」と格闘した経験があり、この堅牢に組み立てられたドラマにもその成果の一端がうかがわれる。「キネマ旬報」ベストテン第1位。

このページのトップへ

戦争と平和

『戦争と平和』画像 1947年/東宝/白黒/スタンダード/モノラル/100分
監督:山本薩夫、亀井文夫 脚本:八住利雄 撮影:宮島義勇 照明:若月荒夫 録音:空閑昌敏 音楽:飯田信夫 美術:河東安英
出演:(伍東康吉)池部良、(町子)岸旗江、(小柴健一)伊豆肇、(茂男/4歳の時)大久保翼、(茂男/7歳の時)大久保進、(キャバレーの経営者)菅井一郎、(隣組長)島田敬一、(山村の老妻)藤間房子、(アパートの若い女)谷間小百合、(近所の娘)三谷幸子、(その母)田中筆子、(山村の老人)北川耕三、(ダンサー)高野千代、(康吉の妹)飯野公子

新憲法発布を記念して、憲法普及会が映画各社に提案した企画のうち、「戦争放棄」の題材を担当した東宝が、伊藤武郎プロデュースのもと、記録映画作家の亀井文夫と劇映画監督の山本薩夫の共同監督により製作した、終戦直後の日本映画を代表する一本。戦死公報を受けた妻・町子が、前線で精神的な障害を負って帰還していた、夫の親友・康吉と再婚する。しかし、度重なる空襲により、康吉の病状は悪化。そこに中国で捕虜として命拾いをした夫・健一が帰還し、三人の間に新たな悲劇が襲う。D・W・グリフィスの映画『イノック・アーデン』を下敷きに、ニヒリズムと解放感の錯綜した戦後心理を捉えた八住利雄の脚本、トラウマを抱えた難しい役どころに挑んだ池部良の熱演、記録映画のフッテージを盛り込みながら、戦地、銃後そして戦後の日本の姿をリアルに再現した映像など、見応えのある大作となっている。占領軍による検閲により30分以上が削除されたものの、観客・批評家からの評価は高く、「キネマ旬報」ベストテンで第2位に選ばれた。

このページのトップへ

帰郷

『帰郷』画像 1950年/松竹(大船)/白黒/スタンダード/モノラル(濃淡型)/104分
監督:大庭秀雄 原作:大佛次郎 脚本:池田忠雄 撮影:生方敏夫 照明:田村晃雄 録音:妹尾芳三郎 音楽:吉沢博、黛敏郎 美術:浜田辰雄
出演:(高野佐衛子)木暮実千代、(守屋恭吾)佐分利信、(娘 伴子)津島恵子、(隠岐節子)三宅邦子、(夫 達三)山村聡、(牛木利貞)柳永二郎、(高野信輔)徳大寺伸、(憲兵曹長)三井弘次、(小野崎公平)日守新一、(岡部雄吉)高橋貞二、(岡村俊樹)市川笑猿、(お種)坪内美子

原作は、大佛次郎が毎日新聞に連載した長篇小説である。海外を放浪し、無国籍者となっていた元海軍軍人が戦後日本に帰国し、かつて自分を窮地に陥れた愛人や、音信を絶っていた娘に会うが、すっかり様がわりしている日本に失望して、再び去っていく。混乱した復興期の世相を背景に、上質の情感をたたえた作品になっている。同年の『長崎の鐘』や、『君の名は』三部作(1953-54)の大ヒットにより、松竹のエース監督となった大庭秀雄は、同社伝統のメロドラマの作法を十二分に体得した監督であり、心理描写などにたしかな手腕を示した。特に京都の苔寺(西芳寺)の場面は流麗といえるだろう。「キネマ旬報」ベストテン第2位。

このページのトップへ

写真提供=優秀映画鑑賞推進事業

シネ・ピピア公式サイトへ。